紀伊四国中国の洋館探訪(中国編)

GW旅行記の4回目で、ようやく最終回です。
紀伊半島の三重県と和歌山県の洋館を見て回った紀伊編、徳島県の洋館を見た四国編1、高知県と香川県の洋館を見た四国編2に続く4編目です。


【5月4日(金休)】
泊まっていた東広島市西条地区は造り酒屋が多い街で、出発前にまずお散歩しました。
各酒蔵には、米を蒸すためのものか、煉瓦の煙突が立っていました。

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その中でも大きな賀茂鶴酒造の本社事務所が、今でも残っていました。
昭和2年に建てられた下見板張りの建物で、単純な田の字や井組みではない、凝った桟の上げ下げ窓が並んでいますが、シンプルな造りです。

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この他にも福美人酒造、亀齢酒造、西條鶴醸造、白牡丹酒造、山陽鶴酒造などの酒蔵が並んでいて、車でなければ試飲しながら買うこともできました。






西条から30分ほど走って、瀬戸内海の港町・竹原へ。
塩田による塩作りと酒造で栄えた古い街並みが今も残っていて、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
GW中ということで、車の進入が規制され、本通りは観光客で溢れていましたが、一本入った裏通りはひっそりしていました。

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お目当ては、昭和4年に建てられた竹原市歴史民俗資料館で、旧竹原町立竹原書院図書館として建てられたものでした。
玄関ポーチが張り出した左右対称の下見板張りの建物で、旧図書館という役所建築ながら、古い街並みの建物らしく、幅が狭く奥行きがある建物でした。

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気になったのが、古い街並みからはちょっと離れたところで見かけた、定食屋か飲み屋のようで、丸窓や窓周りの装飾があり、下部はスクラッチタイル貼りの建物でした。
同じGW中の数日前に竹原市を訪れていた蝦夷屋猫七さんも気になったそうですが、どういう出自の建物なのでしょうね。


竹原からは、瀬戸内沿いに東へ東へ。
屋根を開けて、右手に島々を眺めながら、のんびりドライブしました。

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次に向かったのは、絵になる坂の街・尾道。
まずは、2年前に電車で通って気になっていた、駅北口の石井耳鼻咽喉科(左下写真)へ。
1階は石造り風のモルタル細工がされ、2階以上はタイル貼りという外観の4階建てで、窓間だけにタイルを貼って高さを強調しています。
通りに面した部分は幅5〜6m程度のノッポビルに見えるものの、奥行きがあって、さらに奥は幅が拡がっているT字の平面構造になっていました。

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海沿いの道に出ると、古めかしいビルの牡蠣料理屋「かき左右衛門」がありました(右上写真)。
1階軒上に取り付けられた石掘りの屋号には「塗源渡邊商店」と書かれていましたが、出自は不明で、お店のブログによると100年前の鉄筋コンクリート造ビルで、不動ながら荷物用エレベーターもあるとか。
館内はキレイに作り替えられていたようでした。

駅のそばから市役所方面に向けて長い長い商店街が続いていますが、その中ほどに大和湯という銭湯の建物を転活用したカフェ兼雑貨店がありました。
商店街の中という場所柄か平板ながら、出入口上にはアーチが掛けられた中に屋号が書かれ、凝った桟の上げ下げ窓は水色に塗られていました。

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尾道は、2010年度下期の朝の連ドラ「てっぱん」の舞台の一つでもありました。
新潟の職場では、昼食時に食堂でNHKが映っていて、朝の連ドラ(再放送)も見ているのですが、そのお好み焼き屋「おのみっちゃん」のセットがこの商店街に移設されて、公開されていました。
食べられれば言うことないのですが、見るだけでした(笑)。

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お腹も減ったので、本物のお好み焼き屋でお好み焼きを食べました。
鶏の砂肝入りというお好み焼き、コリコリして美味しかったです。

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尾道の隣町、松永(現在は福山市の一部)は下駄の生産で栄えた街らしく、製造していたマルヤマ商店の事務所が残っています。
現在は、マルヤマ商店の流れを汲む日本はきもの博物館のコーヒーハウス「サボ」として営業しています。
大正11年に建てられた建物は、木造ながら鉄筋コンクリート造りのような雰囲気で、屋根上にパラペットを立ち上げて、アーチ窓の周りをはじめとした各部に装飾を施した、手の込んだ建物です。

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今度は瀬戸内から中国山地へと登っていきました。
向かったのは、広島県が誇る世界のマツダの城下町である三次市。

三次市も平成の大合併で市域を拡げたようですが、元の吉舎町の古い街並みの一角に田中写真館という古い写真館の建物が残っていました。
昭和3年に建てられた3階建ての建物は、外周や階間を構造部のように見立てて、その他を粗い仕上げのドイツ壁として、鉄筋コンクリートのように見せていますが、これまた木造。
玄関ポーチは、わずかに弧を描いたむくり屋根になっていて、その端の渦巻きや柱頭の造りもちょっと変わっていました。

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元々の三次市の中心街には、大正13年に日本勧業銀行広島支店として建てられ、後に広島銀行三次支店として使われていた銀行建築がありましたが、現在は洋菓子店「風季舎 昌平本家」として営業しています。
銀行建築らしい吹き抜けの営業室がそのまま残っていて、店内でお茶もできるようですが、閉店時間後だったのかGW休業だったのか、閉まっていました(涙)。
同じみよし本通り商店街には、三次市歴史民俗資料館(旧三次銀行本店)も残っていました。

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この夜も宿を取っておらず、車中泊を覚悟していたのですが、宿泊予約サイトで検索したところ、岡山県津山市のビジネスホテルが喫煙室ながら予約できたので、高速を走って向かいました。
泊まったのは、津山駅前のホテルアルファワン津山で、コンビニで買ってきたサラダをつまみにビールを飲んで即就寝。

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【5月5日(土祝)】
津山市には、ちょうど10年前のGWにも見に来ていましたが、一通り見物しました。

まず見たのは、県立津山高等学校ので、明治33年に建てられた旧制津山中学校本館が残っており、国重要文化財に指定されています。
下見板張りに車寄せを備えた左右対称の建物は、役所や学校に多い様式で、上げ下げ窓が隙間なく開けられているのが、採光に配慮した学校らしいところでしょうか。
屋根上に、時計塔と屋根窓がありますが、時計塔の後ろにも銅板葺きの付屋根が上げられています。

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続いて、中島医院という病院の大正6年に建てられた旧館で、10年前は現役病院だったようですが、現在は城西浪漫館として、ギャラリーやカフェとして公開されています。
落ち着いたピンク色というかのモルタル壁の2階建てで、バルコニー屋根まで備えた玄関ポーチと、屋根上の尖塔が目を惹きます。
今回は館内も見学させてもらいましたが、主な部屋には暖炉が備えられていて、雰囲気のある階段などいい雰囲気でした。

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時間があればお茶もいただきたかったのですが、ブランチとして、B級グルメで有名になった「津山ホルモンうどん彩の星というお店でをいただきました。
ホルモンのコリコリした食感に、ちょっとピリッとした濃いタレが絡む太麺が美味しくて、お土産にホルモンうどんのタレを買って帰りました。

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津山駅の南側には古いターンテーブルと扇形庫が残されていて、休日には見学できたようですが、前日までに要予約ということで、フェンス越しに眺めてきました。
見学のための柵が作られていましたが、1台しか作られなかったというDE50というディーゼル機関車や、古い特急用ディーゼルカー181系などが保存されていました。

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津山にも出雲街道の古い街並みが、城東町並み保存地区として残っています。
ところどころ道を折り曲げて大群が進めないようにした昔ながらの街道筋ですが、伝建地区の縛りを嫌って独自の保存をしているためか、ちょっとバラバラ?

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旧勝間田町役場などを見ながら、ひと山ふた山越えて県境を越えて、最後は鳥取県智頭町へ。
鳥取と大阪を結んでいた智頭往還の宿場街で、家々の軒先に杉玉を下げた古い街並みが残っていました。
そんな中にも、消防団の建物や民家の中庭に洋館がありました。

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こんな感じで6日間の洋館探訪を終えて、新潟へ向かうべく、酷道・険道で山を越えながら東へ北へ。

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去年のGWと同じく、敦賀から北陸道に乗って、ひたすら新潟へ。
敦賀を出たのが夜10時で、途中1時間ほどの仮眠を2回取りながら、新潟に着いたのは朝8時。

5月6日(日)は、洗濯してお疲れ休みでダラダラしていました。



6日間で走ったのは、2,800kmほど。
給油は208.2Lだったので、平均燃費は約13.5km/L。
306の総走行距離は104,600kmを越えましたが、相変わらず好調です。

紹介しなかったものも含めて、全部で80件ぐらいの洋館を見たでしょうか。
館内が見られなかったり、時間がなくて通り過ぎてしまった建物もありましたが、また見に行くことにしましょう。

今回は5泊ともホテルに泊まりました。
体力の衰えというか、運良く泊まれたというか。 普通ともいいますが・・・。


GWが終わって1ヶ月以上引きずってしまいましたが、そんなこんなのGW旅行記でした。
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Tracked from ローカルニュースの旅 at 2014-01-07 22:01
タイトル : 縁起物「神農」木像を展示 城西浪漫館
津山市田町の「城西浪漫館」で4日、中島家に伝わる医薬と農業をつかさどる中国の神「神農」の木像の特別展示が始まった。新春イベントの一環で5日まで。... more
Commented by COOPER99 at 2012-06-11 00:25
むふっ♡、R429っすかぁ?。
400番台酷道は辞められまへん。♪
306が元気で安心しました。(^u^)
Commented by gop at 2012-06-11 12:44 x
津山のα1、私も昔泊まりました(煙草臭かった)
はきもの博物館も行きましたよ(笑)
http://987.blog.so-net.ne.jp/2007-01-10

亀齢酒造では何故か熱田神宮のお神酒を造ってます。
西条〜竹原、瀬戸内の景色も良く良い街ですね。
Commented by okuruma1970 at 2012-06-13 20:52
>>COOPERさん
ご明察!
今回は洋館巡りメインで高速や幹線ばかり走り、R439ですら交差しながら通り過ぎましたが、最後に蟲が疼いてしまいました(笑)。
酷道はヤメられませんね。
306は10万キロを過ぎて、なお絶好調です。

>>gopさん
ビジネスホテルは平均的で、印象が残らないところが多いからか、悪い印象の方が残りますね。
今回は10分ほどで鼻が慣れましたが・・・。
はきもの博物館の奥に、あんなスゴイ作品があったのですね。
西条と熱田、最近のつながりなのか、それとも昔々から船運ででもつながっていたのか、不思議ですね。
Commented by ROY at 2012-06-14 23:00 x
お疲れ様でした。伊勢からずいぶんと色々回ったように思いますが、これも目的を絞って、かつ車で効率よく回ったからでしょうか。
Commented by okuruma1970 at 2012-06-16 11:54
>>ROYさん
6日間とはいえ、紀伊半島沿岸部と四国東部、広島・岡山など、我ながらよく回ったものだと思います。
良く言えば「目的を絞った」ともいいますが、一般には「見るべきものも満足に見ず」といったところでしょうか(苦笑)。
地方を巡るときは、列車やバスの時刻に左右されないのが、車の強みですね。
by okuruma1970 | 2012-05-06 15:02 | 洋館探訪記 | Trackback(1) | Comments(5)

Peugeot306CabrioletとPorscheBoxster987のオープンカー2台生活だったのがBoxsterを手放したので本当は1台だけ、といいつつただの旅日記かも


by okuruma1970