幌馬車2台の道楽日記

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Peugeot306CabrioletとPorscheBoxster987のオープンカー2台生活だったのがBoxsterを手放したので本当は1台だけ、といいつつただの旅日記かも

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長崎三世代旅行(後編)

11月中旬に行った義父母との長崎三世代旅行で、往路とライトアップされたハウステンボス散策、1泊目ホテルをご紹介した前編、昼間のハウステンボス散策と長崎の夜景を含めた2泊目ホテルをご紹介した中編の続きです。


長崎駅のコインロッカーに荷物を預けて、長崎電気軌道の電車1日乗車券(500円)を買って観光開始。
車両の細かい種別はわかりませんが、戦後の昭和20〜30年代に作られた古いタイプと、昭和50年代〜平成初期に作られた写真のようなタイプ、そしてLRTとも呼ばれるようなバリアフリー化された最新型の3世代に大別されるようです。

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今回の旅行は、基本的に相方が旅行プランの手配をして、義父が行程を考えた、完全お任せ旅行。
最初に向かったのは、長崎くんちが奉納されるという諏訪神社
路面電車の諏訪神社前停留所から、参道という名の石段をひたすら登り続けること百数十段(数えたけど忘れた)。
時期的(11月20日)に七五三のほか、神前の結婚式も行なわれていました。

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続いて、九州各地に今も残る石橋の中で、特に有名な眼鏡橋。
同じ石橋の中でなぜ有名と思っていたら、この石橋だけは江戸時代初期(1634年)に架けられているんですね。
同じ長崎県内の諫早眼鏡橋は1839年、鹿児島市内の甲突川五石橋は1840年代、熊本県の通潤橋は1854年架橋だったので、200年も早かったのでした。

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昭和57(1982)年の長崎大洪水では一部が流されましたが、修復されて現在に至っています。

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続いて、江戸時代の外国人居留地であった出島を見物。
明治初期から現存する2つの洋館の他は、全て再建されたようで、江戸時代末期(1820年代)をイメージして街並みが復元されています。

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今は周囲が埋め立てられて、中島川の側だけが隔てられていますが、教科書で習ったように、江戸時代の創建当時は海に浮かぶ埋め立て島でした。
今は道路から出島に出入りしていますが、この中島川から橋を渡って出入りできるよう、工事が進められています。

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この旅行で初めて見た洋館、明治10年に建てられた旧出島神学校です。
この建物はお土産物屋と事務所、もう1棟の旧長崎内外クラブはレストランとして使われていますが、展示室のような建物が多い割に、お茶したり休憩する建物はないんですよねぇ。

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出島を見た後は、歩いてすぐの長崎新地中華街へ。
横浜中華街と神戸南京町とともに、国内の三大中華街の1つだそうです。

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お昼ご飯を食べたのは、江山楼
一番行列ができていたお店のようですが、中華街のHPに出ていないところを見ると、他店との仲は・・・。

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いただいたのは、特上ちゃんぽん(と青島ビール、笑)。
このお店のメニューには、一般的な中華メニューの他に、ちゃんぽん(800円)、上ちゃんぽん(1000円)、特上ちゃんぽん(1500円)の3種類ありました。
都内なら、並ちゃんぽんでも1500円ぐらいはしそうなので、観光地価格としては高くないですが、さすが特上と謳うだけあって、具材の違いだけでなく、スープ自体がウマイ!
基本的に麺類のスープは残す私ですが、飲み干してしまいました(徳島ラーメン「ふく利」以来)。
・・・といいつつ、実は並ちゃんぽんでも同じスープだったりして?

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再び路面電車に乗って、東山手洋館群へ。
最近の通勤電車のようなワンハンドル式ではなく、昔ながらのブレーキハンドルを巧みに操作していました。

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途中で、ノーチェックだった洋館を発見。
登録有形文化財の池上家住宅で、明治20年代に英国貿易商の住宅として建てられたとか。
創建当時は、2階前面はバルコニーだったのでしょうが、意外と寒くてガラスをはめ込んでサンルームにしたのでしょうか。

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少し坂を登って、東山手甲十三番館へ。
明治20年代にフランス領事館として建てられたようです。
2階建ての建物ですが、出入口に面した表階段のほか、裏階段もあり、メイドなどの使用人が使った、または領事館としての公用に対する領事自宅用として使い分けられていたのかも知れません。

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そばには、ロシア領事館として建てられた東山手十二番館も残っており、現在は長崎市旧居留地私学歴史資料館として公開されています。
平屋で、周囲にバルコニーが巡らされており、床下が吹きさらしになっている、コロニアルスタイル(亜熱帯にあったヨーロッパ列強の当時の植民地に多く見られた建築様式)。

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坂の上を歩いていくと、東山手洋風住宅群があります。
似た構造の洋館が7棟、厳密にいうと何種類かに分かれそうですが、坂の上層に3棟、下層に4棟建っています。
こちらは、建物単体としての価値もさることながら、伝統的建造物群保存地区といって、昔の宿場街などと同じく、このまとまりとしての価値も認められています。
当時を復元したものなのか、7棟とも写真のように、いかにも洋館な淡い水色のペンキ塗り下見板。
少なくとも上層のうち奥の2棟は、左右対称の2軒長屋になっているようで、2階建てで階段が2つあり、中央部に仕切り柵が設けられていることから、住む外国人自らが建てたのではなく、外国人に貸すことを目的とした借家だったと思われます。

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そのうち上層手前の1棟は、ワールドフーズレストラン東山手「地球館」として、カフェ営業しており、こちらでちょっと休憩。
私が飲んだのは、温泉(うんぜん)レモネード

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最後に見たのは、崇福寺
長崎には国宝建造物は3棟しかなく、そのうち2棟があるお寺です(もう1棟は大浦天主堂)。
見るからに中国風寺院ですが、江戸時代に華僑(中国人)が中国から僧侶を招いて建てたそうです。
ちなみにこの三門は、国宝ではありませんが、江戸時代後期に建てられた重要文化財です。
日本人観光客よりも、欧米系バックパッカーが多く、外国の日本ガイド本に大々的に紹介されているのではないでしょうか。

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この崇福寺も、坂の街・長崎らしく、本殿へは石段を昇っていきますが、路面電車を降りてから石段を昇って降りて、再び路面電車に乗っても、息子は抱っこでお昼寝。
いやぁ重かったぁ、国宝建造物どころではありませんでした(涙)。

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荷物を取りに長崎駅に戻りました。
改札前の大きなガラスアーチの下は、いいイベント・スペースになっており、この日は自動車メーカーが展示会をしていました。

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空港バスは、駅と駅前大通りを隔てたバスセンターから乗車。
10分15分おきに出発する便利なバスで、複数人では、2枚綴り回数券がお得でした(片道900円のところ、2枚で1600円)。
遠回りすればエレベーターもなくはないですが、地方都市に多い旧国鉄駅とは別にあるバスセンターは、今となっては少々不便な存在ですね。

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出発の2時間半前には長崎空港に着き、チェックインして空港内の鮨どころ「しょうぶ」で夕食を。
満席かと思いきや、騒ぎそうな子供連れだったからか、個室に案内してもらえました(ラッキー)。

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五島うどんと寿司のセットや、写真の海鮮丼などがありました。

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私はお刺身(とビール、笑)を。
プリプリの身は、ホント美味しかったです

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旅行パックということからか、帰りの飛行機(往路と違うJAL)は座席が事前指定できませんでしたが、前日から可能ということで、何とか5人分を横一列で確保。
機内では、15分限定でしたが、無料でWiFiが使えました(もちろん、有料でもっと長い時間使えます)。

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機内では、CAさんから「ジャコ天ですか?、美味しそうですね」などと言われながら、もう1杯。
ただ、往路ANAのような機内販売はなかったので、空港で買っておいて正解でした。

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羽田空港に着いたのは22時近く、車で自宅まで帰りました。
車で羽田空港に行くのは初めてでしたが、帰りが遅いこともあり、重い息子を抱っこする手間が最小限で済んだので、楽でした。



ハウステンボスは、思った以上に本格的で大規模、よくぞここまで作ったという感じでしたが、好きな人がディズニーランドをリピートするように、また行きたいかというと、距離と値段を考えると難しいのかなぁと思いました。
ただ、インバウンド増加のおかげか、アジア系訪日客は多かったので、うまく続けばいいなとも思いました。

一人で軍艦島、とか考えなくもなかったですが、そんな確固たる信念はなく、とはいえ、東山手洋風住宅群は見ることができたので、個人的にも多少の収穫はありました。
こんな感じで、添え物の私はともかく、息子と相方とで義父母孝行できたと思います。

(終わり)
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Commented by gosyurin at 2017-01-15 18:47
ハウステンボスの近くに住んでましたが、結局いまだに行ったことがありません。
バス停はしょっちゅう通過しましたが(笑

次回は、軍艦島よりも炭鉱閉山後も未だ有人島である池島なんか如何でしょうか。
Commented by okuruma1970 at 2017-01-16 21:35
>>gosyurinさん
近くにいると、いつか行ける、で行けずじまいだったりしますよね。
長崎出身の後輩に聞いたら、結婚式で行ったことはあるけれど、観光で行ったことはないとのことでした。
でも、そのために行く価値があるかはともかく、長崎に行ったら見る価値はあるんじゃないかと思いますよ。

個人的には炭坑島に興味があるわけではないので、機会があれば教会がある離島を目指します(笑)。
by okuruma1970 | 2016-11-20 07:52 | 国内旅行記 | Trackback | Comments(2)