幌馬車2台の道楽日記

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Peugeot306CabrioletとPorscheBoxster987のオープンカー2台生活だったのがBoxsterを手放したので本当は1台だけ、といいつつただの旅日記かも

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茨城県中部の洋館探訪

1月の中旬、仕事をサボって、一人で洋館見物に行ってきました。
昨年は、旅気分を味わうのも兼ねて、八戸盛岡と遠くへ出かけてきましたが、今年最初はそう遠くない茨城県。

今回は新幹線でバヒューンではなく、普通電車でテレテレと。
それでも、自宅から2時間ほどで石岡駅に到着。

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石岡には、看板建築が多いからと見に来たのでした。
看板建築とは、大正〜昭和初期に建てられた商店に多く見られる様式で、建物の基本的構造や外壁の側面や背面は古くからの作り方で建てられているものの、正面だけにはモダンな装飾を施した建築物です。
石岡に残る看板建築は昭和5〜7年に建てられたものが多いですが、昭和4年に発生した大火の後に建てられたからのようです。

写真の森戸文四郎商店も昭和5年頃に建てられたようで、木造ながら外壁をタイルやモルタルで覆っており、火に強い造りになっています。
タイルが貼られた正面両端や、2階窓の両側に縦に伸びた石造り風の装飾、窓上のモルタル細工など、全体的には洋風に見せていますが、1階店舗部分の扉は、昔ながらの商店のような引き違い戸になっているのが、いい味を出しています。

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現在の石岡市街は府中宿と呼ばれ、江戸と御三家水戸藩の城下町水戸とを結ぶ水戸街道(現在の国道6号線)の14番目の宿場街でした。
これらの看板建築の多くは、旧水戸街道沿いに建っていますが、国道6号線は市街地から離れたバイパスとなり、旧街道は落ち着いた雰囲気を保っています。

この一角は、看板建築の長屋のようで、森戸文四郎商店のように1階は従来建築ながら、2階は耐火のためか鉄板が貼られています。
中2軒はトタンに貼り替えられてしまっているようですが、右側の角店舗は型押し鉄板葺き、左端はアーチ状に立ち上がった銅板葺きになっています。

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十七屋履物店は、モルタル仕上げの看板建築で、窓と中央縦書きの「十七屋商店」の回りにタイルが使われていますが、個人的に目を惹いたのは彫りの深いというか出っ張りが大きい胴蛇腹。
また、軒下の小さいアーチ状の装飾(これも段々がついている)も、コントラストが大きくて映えていました。
大火後の復興初期に建てられた看板建築ということで、この建物に触発されて、他の建物もモダンな看板建築になっていったのかも知れません。
店内には長らくの在庫も陳列され、現在も創建当初と同じ履物屋として営業しています。

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その隣に建つ久松商店は、鉄板を下見板風に張り込み、両側をタイル貼りとしています。
軒上に飛び出すか、軒下に収めるかの違いはありますが、中央の店名の上にアーチ状の装飾がされているところは、十七屋商店と共通点があります。
店舗部分の1階窓は現代のものに取り替えられていますが、2階の窓は凝った桟のまま残されています。

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旧水戸街道から少し奥まったところにあるのが、大和田家貸店舗で、二軒長屋の右側は、現在も喫茶店「四季」として営業しています。
まさに看板建築というのがおわかりいただけると思いますが、正面は柱頭を備えた付け柱など凝っていますが、側面はご覧の通りの在来建築。
手前(正面左側)の2階窓上にはアーチ装飾がされていますが、右側はないという作り分けもされています。
左端の1階部分は奥に通り抜けられるように通路が設けられていますが、その関係で付け柱が1・2階でズレているのは、ザ装飾の最たるところです。

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旧街道の裏通りには、ペンキ塗り下見板張りのいわゆる洋風建築もありました。
2階部分右側面は純和風様式ですが、数十センチ張り出しているのが目を惹きます。
店舗等の看板は特に掛けられておらず、現在は個人住宅のようですが、1階の窓に金属の柵が取り付けられているあたり、銀行とまで行かないまでも、何らかの事務所だったのかも知れません(旧病院だったという情報も)。

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石岡で最後に見た個人住宅は、水戸街道から石岡駅に戻る途中、石岡プラザホテルの奥に見えた雰囲気ある建物でした。
事前リサーチ中にこの記事この記事を見て、私も大いに気になったものの、場所がわかりませんでしたが、諦めて駅に向かう道すがら、目に入ってきました。
角地にアールをとった塔屋(階段室?)を設け、3階部分にはアーチの装飾を立ち上げています。
2階ベランダもアーチ状の開口があり、飾りなのでしょうが両側を柱で支えている手の凝りよう。
石岡の看板建築は左官職人「土屋竜之助」が多く手掛けたということですが、その自宅ではないかと思われるということです。

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石岡駅前で昼食を食べようか、水戸まで行って食べようか考えていると、「間もなく電車がまいります」の放送が聞こえたので、慌ててホームに降りていくと、待っていたのは501系。
京浜東北線で使われ、今は房総方面等で使われている209系をベースに、交流区間でも走れるように作られた車両で、デビュー当初(平成7・1995年)から10年ほどは上野まで乗り入れていたものの、グリーン車が連結されていないことから、現在は土浦以北に限って運転されています。
当時は、京浜急行と同じくドレミファソラシド(レレミファソラシー)と音を鳴らしながら加速していくドイツ製装置を積んでいましたが、今は普通の国産装置に積み替えられているようです。

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水戸駅でも時間がなく、うどんチェーン店でサッと昼ご飯を済ませ、水郡線に乗り込みました。
お腹もいっぱいでウトウトしていたところ、「次は○菅谷」と聞こえ、乗換駅の上菅谷だと思ったので、慌てて降りてしまいましたが、実は1つ手前の中菅谷でした。
1時間に1本の水郡線では、この先に行くのは無理だと思ったものの、もしやと思って検索したところ、駅間は1.2km。
乗り換え時間も20分ほどあったので、スタスタ歩いて、何とか間に合いました(苦笑)。

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水戸と郡山を結ぶことから、その頭文字をとって水郡線と名付けられていますが、上菅谷から常陸太田までその枝線が伸びています。
上菅谷から再びディーゼルカーに乗って、常陸太田に到着。

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常陸太田駅の観光案内所でレンタサイクル(4時間300円)を借りて、散策開始。
遠くから鯨の背に見えたことから鯨ヶ丘と呼ばれる常陸太田の市街は丘の上にあり、そこまで線路で登れない鉄道駅からは、坂を登って行きます。
そういう意味では、電動アシスト付レンタサイクル(全車)は親切。

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鯨の背の真ん中あたりにある梅津会館は、3階部分に塔屋を戴いたスクラッチタイル貼りの役場建築です。
地元出身の実業家・梅津福次郎の寄付により建てられた太田町役場(その後、常陸太田市役所)の建物で、現在は郷土資料館として一般に公開されています。
アーチの要石部分に手の込んだ装飾タイルをはめ込んだ車寄せを備えていますが、県庁舎や大きな市役所でしか見られないような立派なものでした。
月曜日に行ったので、残念ながら役所施設の常で休館日(涙)。

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梅津会館は郷土資料館の本館ですが、隣接する分館は、明治中期に建てられたという旧太田協同銀行の建物。
腰部がなまこ壁で覆われた漆喰壁の蔵造りで、1階正面の金柵が取り付けられ、他の窓も漆喰戸が設けられており、銀行らしい堅牢な造りです。
このエリアの旧建築のご多分に漏れず、東日本大震災で被災し、現時点では修復もされておらず、残念ながら休館中でした。

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鯨の背に2本ある通りを亘る横道には、旧太田銀行の建物が残っています。
旧太田協同銀行と同じく漆喰壁の蔵造りではありますが、アーチの玄関ポーチや窓の桟など手の込んだところが洋風を意識しています。
こちらは慈久庵鯨荘 塩町館という名の蕎麦屋として営業していますが、11:30〜14:30と昼営業だけで、16時過ぎには閉まっていました。

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そして、鯨の背をさらに進むと、県立太田第一高校の中に、旧太田中学校講堂が残っています。
明治37年に、東京帝国大学で辰野金吾の教えを受けた茨城県技師の駒杵勤治によって設計された本格的な洋風建築で、国の重要文化財に指定されています。
外観は、淡いペンキ塗りの横羽目板を基本に、構造材を濃く塗って際立たせ、上げ下げ窓の上にはアーチ窓を設け、軒の持ち送りや軒下のドイツ壁風の仕上げなど、抜かりありません。

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玄関ポーチは、コリント式柱頭の柱に支えられ、天井は格天井、またポーチの上には明かり取りの窓が設けられ、とことん手が込んでいます。
なお、学校敷地内にあるので、正面1階の事務室へことわりに行くと、パンフレットをもらえました。

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帰りは、梅津会館とは別のもう一本の道を戻ると、3階建ての煉瓦倉庫が残っています。
明治43年に建てられた旧稲田屋赤煉瓦蔵で、酒造業を営んでいた店舗部分(既に無い)に連なる形で建てられたようです。
腰部を焼き過ぎレンガとして、軒に蛇腹のように幾重にも段を設けるなど、
このエリアで明治期に煉瓦造り3階建てというのも驚きですが、東日本大震災で崩落しなかった堅牢さには、さらに驚きます。
現在はオープンギャラリー倉として貸し出されており、展示会などがあれば見学できるようです。

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その他にも主に土蔵造りの商家などを眺めながら、駅に戻りました。
レンタサイクルが便利と思いつつ借りたものの、実は失敗で、16時半までに返却しなくてはならないのに、16時から17時半近くまで帰りの列車がなく、駅周辺には喫茶店、ファミレス、ファストフードなど何もないので、寒い中で時間を持て余してしまいました。
太田第一高校まではそこそこバスの本数があり、また帰り道であれば一部下り坂で2kmほどなので、少なくとも午後の遅い時間帯では、往きはバスで帰りは徒歩がベストだと思います。

帰りも水郡線のディーゼルカー・キハE130で上菅谷乗り換えで水戸へ。

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水戸駅でちょっと買い込んで、帰途へ。
当初は普通電車のグリーン車でノンビリと思っていたのですが、意外と遅くなってしまったので、スーパーひたち改め単なる「ひたち」で一気に東京駅へ。
上野東京ラインの開通で、宇都宮・高崎・常磐線が東京駅まで直通したので、便利です。
茨城の地ビール常陸野ネストビールなどをグビリグビリ。

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当初の考えでは水戸市内も見たかったのですが、石岡も常陸太田も思った以上に盛りだくさんだったので、洋館見物的にも満足でした。
それ以上に、一人きままに出掛けられたことの方が、いい息抜きになりました(苦笑)。
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Commented by gosyurin at 2017-02-26 17:31
石岡ってこんな場所だったんですねー。
実は昨年末出張で行く予定だったんですが急遽キャンセルになりまして。

今年、行く際の参考とさせて頂きます。
Commented by okuruma1970 at 2017-02-26 19:37
》gosyurinさん
ずいぶんコアな町に出張するご予定があったようてが、行かれるようでしたら、市街地も是非ご覧ください。
なかなか行く機会はないと思いますが。。。
by okuruma1970 | 2017-02-25 10:07 | 洋館探訪記 | Trackback | Comments(2)