仙台の洋館探訪(前編)

4月上旬の平日に、仕事をサボって仙台の洋館を見に行ってきました。


仕事へ行くいつもの時間に家を出て東京駅へ向かい、東北新幹線はやぶさ号で仙台へ。
11時前には仙台駅に到着。

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仙台駅から北の方に歩いて10分ほどの花京院に、旧宣教師住宅という洋館が残っています。
萌木色の構造材や窓枠に白い下見板張りという造り。
通りからは駐車場を隔てた正面建物には、アーチ状のひさしを設けた、両開きの玄関扉が開いています。
窓は、何らかの目的があったのでしょうが、引き違い窓と上げ下げ窓が配置され、一部には日よけのためか鎧戸も取り付けられています。
南面2階(写真の左側)はサンルームのようになっている一方で、床下はコンクリートやレンガの基礎で囲われておらず、動物除け(?)のラティスフェンスがはめ込まれているだけで、冬は底冷えするのではないかと思われます。
ただ、庭木はきれいに整えられており、今も住まわれている雰囲気がありました。

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そこからさらに北へ歩き、NHKそばの錦町に旧石原邸という個人住宅があります。
パキッパキッという水平垂直を基調として、構造材を浮き立たせたデザイン。
いかにもライト風というこの建物は、F.L.ライトに師事した遠藤新の設計で、昭和2(1927)年に建てられたもの。
正面入口の段差には手すりが設けられており、こちらも今も住まわれているようです。

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続いて、県庁と市役所、歓楽街を越えて、広瀬町にある宮城県知事公館へ。
この敷地には江戸時代から仙台藩家臣の屋敷があり、建物は大正8(1919)年に第二師団長官舎として建てられましたが、大正中期に改築されて現在の形になったそうで、戦後は進駐軍に接収され、昭和40年から現在の県知事公館として使われています。
立派な門構えは、元々、仙台城の中門(寅門)だったそうですが、大正9(1920)年に解体されて、当時は第二師団長官舎であったこの地に移築されたそうです。

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公人用の住宅である公邸とは異なり、県知事は住んでいませんし、賓客を迎える迎賓施設である公館ということで、賓客を迎える行事のとき以外は利用することができます(1室半日約2千円から全館で1日約6万円まで)。
館内の見学はできませんでしたが、外観と庭園を見せてもらうことができました。
目に鮮やかな青い瓦の大屋根をもつ洋館部分は、庭園側にステンドグラスも見られ、奥には和室や厨房のある部分が連なっています。
ハーフティンバー風のモルタル壁に、レンガの煙突が伸びていました。
玄関ポーチの円柱は、ポーチの大きさに比べてとても大きいもので、創建当初の師団長の権威を感じます。

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午前中はここまで見たところで、繁華街の一番町でお昼ごはん。
牛タン利休で、牛タンづくしのランチを食べました。
メインの牛タン焼きに牛タン寿司、牛タンチャーシューに牛タンつみれ汁、さすがに天ぷらには牛タンは使われていませんでした(笑)。

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お腹も一杯になったところで、散策再開。
銀行やオフィスビルが並ぶ大町にある西欧館という小ぶりなビルで、元々は大東京火災海上保険仙台支店として、昭和11年に建てられたもの。
比較的シンプルなタイル張りの外観ながら、正面出入口の両側には、控えめな柱頭を備えた付け柱風の装飾が立てられ、屋上に屋根を取り巻くような手すりには、菱状の格子が設けられています。
現在はREAL Style仙台店というインテリアショップとして営業しています。

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ウロウロと歩いて、東北大学片平キャンパスへ。
東北大学は、明治40(1907)年に旧東北帝国大学として開学したようですが、仙台では明治45(1912)年に理科大学(理学部)を開学させたのが実質的な始まりのようで、この片平キャンパスがその発祥の地となります。

この理学部生物学教室は、大正12(1923)年に建てられたタイル貼りの鉄筋コンクリート建築で、現在は放送大学宮城学習センターとして使われています。
キャンパスの北西端に建ち、角部に丸みを持たせ、敷地に応じて中庭を隔てた60度ほどの角度で広がった建物です。
当初は拡張計画があったようで、反対側は建物の断面が露出した状態です。
構内の多くの建物は、タイルが貼り替えられて、新築なのか改修なのかわかりにくい建物も多い中、放送大学に貸し出されているためか、あまり手が掛けられておらず、往時の状態を維持しています。

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片平キャンパスの中でも、同じ北西のAエリアにある本多記念館は、昭和16(1941)年に建てられた鉄筋コンクリート造の建物です。
本多光太郎氏は、東北帝国大学開学時に理学部教授として着任し、金属研究の第一人者として活躍したほか、東北帝国大学総長も務めた人物で、その功績を称えて建てられた記念館とのことです。
車寄せと大きな玄関ポーチを備えていることから、権威の象徴のような時代を感じさせますが、平成6年に補強・改修工事を受けているため、生物学教室とは異なり比較的新しい建物に見えます。

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続いて、Bエリアには、旧仙台医学専門学校六号教室という下見板の建物が残っています。
東北帝国大学医学部の前進となる仙台医学専門学校の化学・物理学教室として、明治37(1904)年に建てられた建物で、留学後に中国に戻って小説家となった魯迅が学んでいたことから、「魯迅の階段教室」とも呼ばれています。
キャンパス内で一番古い建物ということもあり、事前申込制で週2日だけ公開されており、また周囲にはフェンスが巡らされて、容易に近付けないようになっていました。

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長くなってしまったので、片平キャンパスのその他の建物を含めて、続きは後編(作成中)へ続きます。

(続く)
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Commented by gosyurin at 2017-06-21 17:06
相変わらずの洋館探訪ですね(笑)
東北地方には長らく足を踏み入れてません。

わたしも今日は仕事をサボりました(休暇です)
営業系なんで、なんか日中は落ち着きませんが😅
Commented by okuruma1970 at 2017-06-24 10:34
>>gosyurinさん
こんにちは。
平日に休みを取って出掛けるのって、背徳感みたいのも好きなんですが、確かに、メールや電話が来ると、一瞬ドキッとしますね。

関西から東京を越えて東北地方にしろ、関東から関西を越えて中国地方にしろ、気合いを入れないとなかなか行けませんね。
私も、飛行機で行った昨秋の長崎以外、5年以上(子供が生まれてから)、関西以遠に足を伸ばしていませんでした(涙)。
関西とか行きたいなぁ。
by okuruma1970 | 2017-06-17 07:00 | 洋館探訪記 | Trackback | Comments(2)

Peugeot306CabrioletとPorscheBoxster987のオープンカー2台生活だったのがBoxsterを手放したので本当は1台だけ、といいつつただの旅日記かも


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