文京区の街歩き

先週末土曜日の4月21日に、古い建物好きな方々と文京区の街歩きをしてきました。


集合は、都営三田線の千石駅。
初めて降り立った渋い駅でしたが、大通り沿いには中層マンションが建っているものの、下町らしく細い路地に入ると低層住宅が並ぶ落ち着いた街でした。

お昼前に集合ということで、まず向かったのは登録有形文化財の蕎麦屋「進開屋」。
関東大震災で被災したため、昭和初期に建てられた建物で、戦前の飲食店らしく格子戸や格子窓が特徴。
夜は光るのか「特製 天丼」などと書かれた行灯がいいですね。
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店内は土間にテーブルが4つというちょっと狭い造りでしたが、文化財の解説によると、2階にも2間あって、繁盛していた当時(今も?)は、お昼時や宴会に使っていたようです。
食べたのは天盛りで、リーズナブル(730円)でしたが、ボリュームはちょっと少なめ(茄子の天ぷらは苦手なので、同行者に差し上げた)。
普通の蕎麦猪口ではなく、広口の小丼のような器でした。
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お腹も満たされたところで、お散歩開始。
向かったのは、徳川将軍家の小石川植物園を今に残す東京大学大学院理学系研究科付属植物園内に移築された、旧東京医学校本館。
明治9(1876)年に現在の東京大学本郷キャンパス内に建てられ、関東大震災や東京大空襲にも耐えましたが、昭和44年に現在地に移築されて、重要文化財に指定されました。
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現在は東京大学総合研究博物館 小石川分館の建築ミュージアムとして、一般に公開されています。
ちなみに、植物園は入園するのに有料ながら、この建築ミュージアムは有料エリア外なので無料です。
現在は裏手から入館しますが、元の出入口であった正面中央部にはバルコニーを備えた玄関ポーチが設けられており、上部には欄間のような見事な彫刻がはめ込まれています。
館内は建築模型などが展示されていますが、2階の一部は天井が外され、梁などの屋根組みが観察できるようになっています。
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続いて、茗荷谷駅から丸の内線に乗って2駅の本郷三丁目で降りて、東大赤門前へ。
郁文堂なる洋書出版社の建物がありましたが、以前通ったときには気付かなかったものの、列柱が並ぶ様式はどう見ても銀行建築。
帰って調べたところ、日本昼夜銀行本郷支店(後に安田銀行→富士銀行)として大正12(1923)年に建てられた建物でした。
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その西側の小道を歩いていくと、鳳明館という旅館が残っています。
都心には珍しい昔ながらの和風旅館で、この他にも同じような和風の別館が2館あって、同行者の中には宿泊経験のある方もいましたが、一度泊まってみたいものです。
こういった和風旅館は、今は外国人旅行客に人気なんでしょうね。
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鳳明館から胸突坂という細い坂道を下ったところに、旧伊勢屋質店という明治時代からの店舗が残っています。
明治期の商店として貴重な建物ですが、近所に住んでいた樋口一葉が生活に困窮して出入りしていたつながりがあったそうです。
明治20(1887)年に移築されたという左側の蔵には、電灯電気を引き込むために碍子(部外HP)が設けられていました。
現在は跡見女子大学が所有しており、菊坂跡見塾として土曜日曜に一般に公開されています。
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菊坂という一帯の細い路地に、樋口一葉旧居跡がありました。
建物はないものの、今では再建築できなそうな細い路地が、当時の様子を留めていました。
その様子を撮る同行のどしるさん。
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菊坂のそばには、大正12(1923)年に建てられた旧東京市営真砂町住宅という洋風の一戸建てが残っています。
屋根の勾配が途中で変わるのでマンサード屋根だと思っていたら、マンサード屋根は寄せ棟造りの腰折れ屋根ことで、この切妻(瓦を葺いていない垂直面がある)の腰折れ屋根はギャンブレル屋根というそうです(Wikipediaを参照)。
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胸突坂を戻って細い路地を歩くと、求道会館がありました。
大正4(1915)年に建てられたこの建物は、外観と内部構成ともキリスト教の教会のようですが、実は仏教の教えを伝える講堂だったそうで、国の登録有形文化財に指定されています。
求道会館と旧東京医学校というと、10年以上前に似たようなルートで見て歩いていました。
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十数年前は万定フルーツパーラーでお昼ご飯を食べましたが、今回はランチ営業後の休憩時間だったようで、そばの喫茶ルオーで喫茶部という名の休憩(笑)。
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カレーが有名なようで、カレー好きなsuzemonさんは小カレーを食べていましたが、2時間ほど歩いていたもののそこまでお腹は空いておらず、懐かしいレモンスカッシュで水分補給。
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再び丸の内線で本郷三丁目駅から茗荷谷駅に戻り、拓殖大学文京キャンパスへ。
文京キャンパスのA館は、昭和7(1932)年建築のスクラッチタイル貼り建築で、現在は本部棟として使われています。
あまり古く見えないのは、創立100年の記念事業で大改修を受けたためで、スクラッチタイルは貼り替えられたようです。
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文京区は意外とアップダウンが激しく、こんな勾配の路地も少なくありません。
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下り坂の途中で横手に見えた洋館は鳩山会館でしたが、入口は坂を下りきった先の大通り(音羽通り)にある正門から、つづら折りの私道を登って辿り着きます。
関東大震災翌年の大正13(1924)年に、当時衆議院議員で後に総理大臣となる鳩山一郎の邸宅の一部(賓客施設?)として建てられました。
入館は15:30までということで間に合わず、外観だけを見学しましたが、思ったほど大きくないなと思ったものの、ステンドグラスやテラコッタが随所に配され、優雅な富豪邸といった趣でした。
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これまでとは違う現代建築のカトリック東京カテドラル関口教会は、昭和39(1964)年に丹下健三の設計で建てられました。
ヨーロッパの大聖堂やそれを模した日本の教会堂とは異なり、ダイナミックなデザインですが、堂内はパイプオルガンが響く荘厳な空間でした。
アップダウンが続く道を歩いていたため、堂内の椅子がありがたかったこと(苦笑)。
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早稲田の丘を下ると、肥後細川庭園があります。
肥後細川家の下屋敷だった敷地に庭園が広がっていて、岡上の永青文庫にも通用口が設けられています。
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街歩きの最後は豊川浴泉という銭湯で締め。
折り上げ格天井の番台と脱衣所に、西伊豆から富士山を望むペンキ絵の浴室。
ぬるめのお湯で疲れた足腰が楽になり、街歩き好きに銭湯好きが多い理由がわかったような気がしました。
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風呂上がりは高田馬場まで出て、十七番地という飲み屋で反省会。
もっとも、これが主目的で、街歩きは前哨戦だったのかも(笑)。
暑く汗をかいた体に、ビールが染み渡りました。
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そんなこんなの文京区内の街歩きで、よく歩きました。

ご案内いただいたtomoさん、ナカムラさん、ありがとうございました。
ご参加の皆さん、お疲れさまでした。




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by okuruma1970 | 2018-04-29 23:43 | 洋館探訪記 | Trackback | Comments(0)

Peugeot306CabrioletとPorscheBoxster987のオープンカー2台生活だったのがBoxsterを手放したので本当は1台だけ、といいつつただの旅日記かも


by okuruma1970