鶴岡の洋館探訪

6月下旬の土曜日に、鶴岡市の洋館を見て回りました。

以前よくやった「出張ついでに」みたいなものですが、前日は秋田で仕事を終えて、翌朝早い普通列車で酒田へ。
秋田から新潟への上り朝一番の特急いなほ号が10時過ぎなんて・・・。
酒田駅でディーゼルカーの普通列車に乗り換えて、鶴岡市郊外の羽前大山駅へ。
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昭和30年代の大合併で鶴岡市に編入されましたが、それ以前は大山町という独立した自治体だったようで、立派な旧警察署が残っていました。
旧鶴岡警察署大山分署として明治19(1895)年に建てられ、登録有形文化財となった今でも、安良町公民館として地元住民に使われています。
真っ白な下見板張りに、玄関上バルコニーにも屋根を付けたスタイルで、バルコニーも含めた縦柱を淡い水色に塗ってほんのり引き立てつつ、その上の破風には金に輝く菊の紋章がはめ込まれています。
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警察署前から路地に入っていくと、大山尋常高等小学校として明治35(1911)年に建てられた新民館(大山小学校同窓会館)が残っています。
ペンキは塗られておらず、日本瓦葺きなので和風にも見えますが、下見板張りで正面中央に屋根付きバルコニーを設けた洋風建築にも見えます。
バルコニーの欄干がそろばんのように見えるところは和風ですが、1・2階とも引き違い窓の上には高窓が設けられ、採光に気を配っていたと考えられます。
元は左右に幅が広い建物だったようですが、小学校敷地内で現位置に曳家されるに当たり、中央部だけが保存されたようです。
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羽前大山には30分ほどの滞在で、鶴岡駅にトンボ返り。
駅前の観光案内所でレンタサイクルを借りて、平成の大合併で鶴岡市に編入された旧藤島町へ。
列車が2~3時間空くのでやむなくレンタサイクルを使ったものの、1駅とはいえ7~8kmも離れており、ママチャリでは片道30分以上かかりましたが、後でよく考えたら、羽前大山駅から乗った列車にそのまま乗っていれば、苦もなく行けたのでした。
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旧藤島町には、東田川郡役所が置かれていたことから、その庁舎と郡会議事堂が残っており、東田川文化記念館という施設として公開されています。
今も残る立派な門柱から、施設の位置づけを感じます。
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門の外から見えた、いかにもな洋館は、明治20(1887)年頃に建てられた旧東田川郡会議事堂の建物。
2階は一間の大きな議事堂となっており、現在は明治ホールとして、この日も講演会が行なわれていましたが、1階は畳敷きにカーペットを引いて図書館として活用されています。
1・2階とも上げ下げ窓を並べ、軒下には漆喰細工の装飾が連なっています。
窓下にところどころある開口部は、新民館でも見られましたが、換気口なのかな。
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対する東田川郡役所は、平屋の和風建築。
当初は明治12~14年ごろに、土木県令・三島通庸の掛け声の下、洋風建築で建てられたそうですが、明治19年の大火で焼失し、翌・明治20(1887)年に再建された際、この和風建築で建てられたそうです。
前面は、縁側を設けた日本建築のように外廊下を設け、外周一面にガラス窓を並べていますが、中庭を設けたロの字の平面構成で、また執務室は斜めに床板が張られた大空間でした。
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記念館敷地の道路に面して建つ倉庫は旧東田川電気事業組合倉庫で、大正12年に郡役所制度が役目を終えた後、郡会議事堂には東田川郡営電気事業事務所が入った関係で大正13(1924)年に建てられました。
倉庫自体は昔ながらの漆喰壁の土蔵造りですが、倉庫前面には角柱で支えられた庇が幅一面にあり、旧郡会議事堂の玄関と相対して、採光窓付きの破風を備えた出入口が設けられています。
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再びエッチラオッチラ30分以上ペダルをこいで、再び鶴岡市街へ。
鶴岡城址に隣接して、近隣の旧建築が移築された致道博物館に向かいました。

致道博物館では以前から旧鶴岡警察署の建物が保存されていましたが、5年近い修復期間を経て、平成30年6月15日から内部公開が始まったという記事を見て、出張ついでに鶴岡まで来たのでした。
明治17(1884)年に建てられたこの警察署は、国の重要文化財に指定されています。
前回見に来たのは17・8年前で、そのときは下見板が白く塗られており、建物自体も博物館事務所として使われていたため、内部は非公開でした。
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館内はキレイ(過ぎるぐらい)に修復されましたが、外壁は元の下見板を多く使っているようで、適度な凸凹に好感が持てました。右側面の1階ポーチの破風には鶴の彫刻が施されており、洋風建築を目指しながら、装飾は昔ながらの寺社建築を倣った手法が時代を感じます。
2階バルコニーにも出られる(荒天時閉鎖)ようになっていましたが、床は雨仕舞しやすいトタン板が張られていました。
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旧鶴岡警察署の2階バルコニーからは、旧西田川郡役所が望めます。
明治14(1881)年建築ですが、当時の山形県令(現在の県知事)は洋風建築でわかりやすく近代化を推し進めていた三島通庸でした。
塔屋と玄関ポーチを備えた左右対称の建築で、ペンキ塗りの下見板張りに上げ下げ窓を備えるなど、洋館の典型的な作りで、旧鶴岡警察署とともに国の重要文化財に指定されています。
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致道博物館は、博物館の元となった旧藩主の隠居所と庭園をはじめとして、養蚕農家や藩の武具蔵などで構成されています。


鶴岡城址には、大正4(1915)年に大正天皇即位を記念した大宝館という洋館が建っています。
下見板張りで左右対称の建物は、中央部が前方に張り出し、その上には全体的にモノトーンの中で真っ赤なドーム屋根がとても映えています。
当初は物産陳列館として使われていたため、当時の事務スペースを除いて、1・2階とも広いホールのようになっていましたが、回遊性を考慮してか階段が左右に2本ありました。
現在は、鶴岡出身の著名人(私に学がないので誰も知らない・・・)の実績について展示されています。
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鶴岡城址のそばには、鶴岡カトリック教会が建っていて、明治36(1903)年に建てられた天主堂は、国の重要文化財に指定されています。
京都市内から明治村に移築保存されている旧カトリック河原町教会と同じ、パピノ神父による設計。
白い下見板張りの外壁にアーチ窓が並び、出入口の上には赤いとんがり屋根の塔屋を戴いています。
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天主堂内は、天井の高い身廊の左右に低い屋根の側廊を備えた三廊式で、コウモリ天井とも呼ばれるリブヴォールトで天井を高く張り上げていました。
下足脱ぎの上にはパイプオルガンを備えた楽廊がありましたが、そこへ至る螺旋階段がまた凝った造りでした。
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鶴岡洋館探訪の最後に見たのは、旧鶴岡町消防組第八部消防ポンプ庫で、大火の後に、消防ポンプ車を収めるために大正9(1920)年に建てられたレンガ倉庫です。
アーチの扉や窓を設け、隅石のように焼き過ぎレンガを積むなど、倉庫らしい控えめな装飾。
市内を流れる内川の親水公園に曳家され、現在は公衆便所として使われています。
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帰りは特急いなほ号に乗り込んで、再び秋田へ。
常磐線の特急フレッシュひたち号を転用したE653系の7両編成です。
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いなほ号のグリーン車は横3席×6列のゆったり配置で、シートピッチは新幹線グランクラスの1300mmをはるかに超える1820mm。
E653系には元々グリーン車がなく、いなほ号への転用を機に改造されたため、こんな大胆な設計ができたのかもしれません。
ただ、前後にパーティションを設けていて、前後席の人に気兼ねなくリクライニングできる反面、数字ほどの座席間隔には感じられませんでした。
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昼食を食べるお店が見つからず、また食べる時間もなく建物巡りを続けていたため、ようやく車内で昼食兼飲み鉄にありつけました。
しかし、駅そばのスーパーではお惣菜に恵まれず、駅のコンビニにはおにぎりもない有様で、鶏肉を焼いたのとひじき煮を肴にゴクゴクと。
日中は暑く自転車に20km以上も漕いだので、普通のビールのほか、月山ビールや高畠ワインもよく吸い込みました。
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秋田駅から秋田新幹線こまち号に乗り換えて帰京しましたが、朝が早かったこともあり爆睡でした。

秋田出張をきっかけに、旧鶴岡警察署の修復公開の情報から見に行った、17・8年ぶりの鶴岡市でしたが、予想よりも広範囲に散らばっていたものの、多くの洋館を見て回ることができました。
次はいつ行けるやら。




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Commented by ナカムラ at 2018-07-08 17:53 x
なかなか豪勢な”ついで”ですね。(笑)
Commented by okuruma1970 at 2018-07-08 20:26
>>ナカムラさん
以前は「ついでに出張」と言われていたぐらいです(苦笑)。
それと、仕事に絡めないと、土日に単独行動しにくいという家庭事情も・・・。
by okuruma1970 | 2018-06-24 23:00 | 洋館探訪記 | Trackback | Comments(2)

Peugeot306CabrioletとPorscheBoxster987のオープンカー2台生活だったのがBoxsterを手放したので本当は1台だけ、といいつつただの旅日記かも


by okuruma1970